鷹富士・依田のイメージと読みの将棋観

一富士、二鷹、三カコさん!そんな感じで覚えてください。将棋を紹介するようになったら、たくさんのご縁で結ばれて、もっと幸せになれるかな~。笑顔で頑張りますね~。

茄子と見る夢(『第30期竜王戦・決勝トーナメント ▲佐々木勇気五段ー△藤井聡太四段』観戦記)

 

 世の中、いろんな幸せがあると思います。

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 その中でも、一番の幸せって、なんでしょう。私は、生きていることだと思うんです。

 だから、誰かが生き残りを賭けて闘っている姿を見たりすると、私たちは胸が詰まる思いがするんじゃないでしょうか。

 

 今日、私が紹介する激闘の記録は、現在行われている第30期竜王戦の決勝トーナメントから、この棋譜です。

 

 2017年7月2日(日) 於 東京・将棋会館

 ▲佐々木勇気五段 △藤井聡太四段

 

 思えば、この戦いは出だしからいろんなものが、それまでとは少しずつ異なっていました。それは前人未到の30連勝へと寄せられる無責任な期待だったり、休日に行われたことでリアルタイムの注目度がとても高いということだったり、はたまた邀撃する佐々木五段が、藤井四段との対局が決定する前から入念な用意をしていることだったり。

 

 29連勝。誰をも寄せ付けぬ大記録ですね。神谷八段が28連勝の記録を打ち立てられたとき、誰もが自分の生きているうちに塗り替えられる日を予想できなかったように、私にもこの数字が上から塗り替えられる日が果たして来るかはわかりません。しかし、デビュー戦以来の記録としては、紛う方なく不倒の記録として残って行くと思います。

 藤井四段の30連勝が掛かった試合、という二つ名で始まる前から異様な緊張感の張り詰めたこの対局でしたが、私は連勝記録のとてつもない重みとは別の所で、勝ってひとつ負けてひとつ、誰にも等しく対局の重みは同じなのではないか、などと少し醒めた頭で喧騒を見ていたところもありました。

 

 ▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金

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(第1図:6手目△3二金まで)

 出だしは相掛かりと呼ばれる戦型になりました。飛車先をお互いまっしぐらに伸ばしていくこの戦型は、一説によると『技を掛け合う』から相掛かりというのだそうです。こたびの勝負はどのような技の掛け合いが見られるのか、とわくわくする反面、『またか……』との思いを抱いた人もいたのではないでしょうか。

 といいますのは、藤井四段は千日手指し直しを含めたデビュー以来の30戦で、『横歩取り』を指したことがないのです。横歩取りは相居飛車の戦型の中でも独特で、とても華々しく斬り合うような将棋が多いので、才気奔る大器の横歩が観たい、と切に願うファンは少なくなかった、そう思います。

 

▲3八銀

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(第2図:7手目▲3八銀まで)

 お互い飛車先を5段目まで伸ばした後、角頭を金で守るのが相掛かりの出だしです。ここで佐々木五段は▲3八銀、と右銀を真っ直ぐに上がりました。歴史の中では、比較的新しい形です。

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(第2.1図:7手目▲3八銀に代えて▲2四歩)

 というのは、古くは相掛かりはこのように、7手目にして先手が飛車先の歩を切りに行き、以下△2四同歩▲同飛△2三歩と進み、ここで飛車をどこに引くのか作戦の岐路を迎える、という将棋が多かったのです。しかし昨今の相掛かり研究や、横歩取り、角換わりなど他の相居飛車の鉱脈との連関から、飛先の歩を切るのを保留して駒組みをする将棋が増えています。

 本譜▲3八銀もその系譜ですね。銀を上がる場所は▲4八銀と二箇所ありますが、▲3八銀はのちのち▲2七銀と上がって棒銀を見せることもできるので、この作戦幅の広さが主張になります。

 

△7二銀▲9六歩△9四歩

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(第3図:10手目△9四歩まで)

 

 お互い右銀を真っ直ぐに繰り上がった後は、9筋の端歩でお付き合いをしました。この端歩を見ての機敏な用意が、この対局のポイントのひとつでした。

 

▲6八玉

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(第4図:11手目▲6八玉)

 

 ここで、最近指された相掛かりの中でも見応えがあった一局を引いてみましょう。

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(第4.1図:参考図は9手目▲5八玉まで)

 これは第75期名人戦の第6局から、8手目△7二銀に▲5八玉と上がった局面です。端の突き合いは前後しましたが、このように銀だけでなく玉も真っ直ぐ上がり、1手で自陣を安定させる手が、多く指されている局面ですね。

 先ほどの局面と比べると、本譜は玉の位置が一路違いますね。これは7八の金に玉で紐をつけているのです。相掛かり、横歩取りといった、飛車が序盤に乱舞する居飛車戦では7八の金を飛車で狙うというのは結構ありまして。

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(第4.2図:参考図は初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛△8八角成▲同銀△7六飛まで)

 これは『相横歩取り』と呼ばれる、後手から誘導する横歩取りの一変化ですが、このように角道を開ける▲7六歩を△8六飛~△7六飛と抜く手は常に狙いのひとつであり、そのときにこのように7八の地点の金を狙う構想というのは古くからあるのですね~。

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(第4.3図:初手から▲7六歩△3四歩▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△8六歩▲同歩△同飛▲3四飛△3三角▲6八玉まで)

 

 そして、これが『横歩取り勇気流』と呼ばれる形です。17手目▲6八玉は、▲5八玉と指す『青野流』を受けて昨今擡頭している新機軸で、名前の通り佐々木勇気五段が指し始めて会心の連勝を挙げ、奪った勝ち星の中には佐藤天彦名人からのものもあるという戦法で注目を集めていますね。調べて頂くと、この戦型について詳説した他事務所のブログが出て来ると思うので、ここでは割愛しますね~。

 

 とても似ていませんか?(第4.2図)のように、7八の金に紐がついていないとここで金を守る手を先手は強いられることになります。しかし、予め紐付けておくことで、横歩を抜かれても手番を握り続けられるのではないか、これが本譜11手目▲6八玉の第一歩目です。

 

▲8六歩△同歩▲同飛△8七歩▲8四飛

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(第5図:16手目△8四飛まで)

 素早い玉上がりによって、先に飛車先の歩を切ることに成功したのは後手でした。飛車の引き場所としては△8四飛の他に、△8五飛、△8二飛も考えられますが、△8四飛は次に先手に▲2四歩と突かせない狙いがあります。自分だけ飛車先を切りながら、先手には切らせない。強情ですが理に適った主張です~。

 

▲7六歩△3四歩▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛△5二玉▲3六歩△8六歩

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(第6図:26手目△8六歩まで)

 お互い角道を通し、後手が△3六歩と突いたことで飛車の横利きが消えたので、先手も▲2四歩から飛車先を切りにいきました。そして、先手が25手目に▲3六歩と突いたので、後手は△8六歩と歩を合わせ、横歩を抜く狙いを見せます。▲3六歩は▲3七桂と右の桂馬を活躍させる余地を生む手で、居飛車ではタイミングは色々とありますが、突きたい歩です。

 

▲8六同歩△同飛▲2四歩△同歩▲同飛△7六飛

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(第7図:32手目△7六飛まで)

 私は思わず叫びました。「プロデューサーさん、横歩ですよ!横歩!」と。お恥ずかしい話です~。

 そうなんです。相掛かりの出だしで始まったこの勝負は、佐々木五段の巧妙な誘導に乗る形で、横歩取り模様になったのですね~。藤井聡太先生の横歩が観られる、それは居飛車党のファンにとってはまさしく望外の幸せでありました。

 

 ここで、藤井四段が代えて△8四飛と引いていたら、横歩取り模様にはならなかったです。なので、『指したことが無い横歩取り模様になり負けた』という結果だけを受け、ここで佐々木五段得意の形に乗ったのを悲観する向きもあるようですが、実際に指された手は△7六飛でしたし、それは別の、架空の将棋です。別の戦いになって、別の結果を生んだやも、それとも記録される勝敗は同じだったかも、何一つわかりません。ただひとつ確かなことが言えるとすればそれは、△8四飛と引いても藤井四段と佐々木五段は私たちに白熱した素晴らしい生き様を見せてくれたことでしょう、ということだけでしょうか~。

 

 ここで、少し面白いものをご紹介したいと思います~。

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(第7.1図:参考図は初手から▲2六歩△8四歩▲2五歩△8五歩▲7八金△3二金▲2四歩△同歩▲同飛△2三歩▲2六飛△7二銀▲1六歩△1四歩▲3八銀△9四歩▲9六歩△3四歩▲7六歩△4二玉▲5八玉まで)

 これは第48期名人戦第1局、谷川浩司名人に王座・棋聖の二冠を持っていた中原誠先生が挑戦したシーズンです。京都で指されたこの対局では、先手を中原挑戦者が持ちました。図は先手が5八玉と上がった局面ですが、非常に局面が似ていると思いませんか!そうなんです、勇気流の基となるような発想は30年近く前に天才たちの手によって既に見つかっていたのですね~。そして、時を経て蘇った形では、先手が▲6八玉と指すことで、常に手番を握り続けているというのが面白いところです。実際に、この中原ー谷川戦では端攻めは後手の権利でしたが、佐々木先生は本譜で素敵な端攻めの筋を先手から見せてくれました。

 居飛車が好きで、居飛車の格調高さが好きなんです。なので『自然流』中原先生の棋譜はよく並べたのですが……この対局がフラッシュバックした時には肌が粟立つような思いでした。

 

▲3四飛△3三角

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(第8図:34手目△3三角まで)

 こうして、手番を先手が握り続けたまま横歩取り模様になりました。従来の横歩取り勇気流と比べても先手のポイントが大きく、この時点から藤井先生はやや苦戦を強いられていたように思います。私は、彼がどのように勝負を迫って行くのか、それを気にして見ていたんです。

 

▲8二歩△9三桂▲3七桂△4二銀

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(第9図:38手目△4二銀まで)

 この辺りからは、私もツイッターで呟いていたので、ご覧になっていた方もいらっしゃるでしょうか。熱戦の様子を少しでもわかりやすく、と苦心したのですが、なかなか難しかったですね。何か少しでも、心が伝わっていたら幸せです~。

 さて、ここでは▲8二歩、手裏剣一閃という様子ですが、ここから▲8一歩成と成り捨てる順もあるかと私は読んでいましたね~。今しがた打ったばかりの歩を成り捨てるなんて!と思われるかもしれませんが、これを△同銀と取っていただければ先手は銀に当てて▲8四飛と飛車を急所に回ることが出来ます。まわらずとも、歩を取った銀の形が後手陣の駒組みとしては悪いので、それだけで満足でもありました。しかし本譜は▲3七桂。利かせ得と見たのかしら、なんて呟きはしましたが、正直にいいますと、少しの違和感を覚えていたんです。

 なぜなら、佐々木勇気五段というのは、天性のセンスとたゆまぬ努力に裏打ちされた読みを武器に、激しい順で斬り倒す様な将棋を指される棋士だというイメージがあったからでしょうか。

 △4二銀は老獪な、まさしくいぶし銀といった手でした。これは角換わりをした時に先手から▲3二飛成とされる手が王手で入るのを消しています。これによって、自玉の安定を図りながら後手から角を換える手も生まれる、というとても老獪な手で、『修練を重ねた人間の勝負に備える手』という印象を受けましたね~。

 ここでは△7八飛成▲同玉△8六歩なんていういきなり斬りこむ順もあったかと思うのですが、誰よりも近い場所で向き合ったお二方は、呼吸を合わせて間合いをはかります。

 

▲9五歩△8六飛▲8一歩成△2七歩▲2九歩△2三金

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(第10図:44手目△2三金まで)

 ▲9五歩で、9筋で歩がぶつかり合いましたが、これはそこまで速い攻めではありませんね~。なので、攻める手というよりは、『何かやってこい』という、藤井四段への佐々木五段のメッセージだったように思います。自陣に病巣のように居座る先手の歩を払おうと、後手は8筋に飛車を戻しました。これは実は防御の手のように見えながら抜け目ない手で、飛車を引いた後利きに乗せて8筋に歩を打たれると意外とうるさいのですね~。ひとつひとつの手から、どんどん色んな将棋の可能性が生まれていくようで、頭が焼き切れるかのような思いでしたが、とても新鮮でした。

 ▲8一歩成は細かい手です。後手は飛車を8筋に戻したので次に歩を取りきりにくるでしょう、ここで飛車をどこに引かせた方が先手にとって得なのか、ということですね。裏を返すと、後手はどこに引くと飛車が使い辛いか、ということです。1段目まで引かせると、この飛車は実質横利きがほとんどない状態となって、使い辛いと。手抜くと暴れるマムシの金を作るという手の側面には、そういう企図もあったのでしょう。

 △2七歩▲2九歩△2三金は舌を巻く思いでした。横歩取りや相掛かりの『専門家』と呼ばれるようなベテランの先生が指されるような、3手一組の見えにくい、実践的な手です。

 △2七歩は手抜くと△2八歩成からと金を作られますね~。ここで攻め合うことも出来たかもしれませんが、佐々木五段はしっかりと面倒を見ました。これで先手陣はいきなり狭くなりました。そして続く手が、飛車を追いながら自玉の左辺を広げる△2三金です。相手陣を狭めながら自陣を広める、棋理の最善をともかくとするなれば、人間同士の将棋で実践的に勝ちやすい手というのは有ると思いますね。この一連の手は、そういった類の感触です。

 ……しかし、▲2九歩を見てやはり違和感は確信に変わりました。今日の佐々木先生は、『らしくない』、そんな気がしていました。そうです、まるで、佐々木先生ではなく、彼の戦友で、徹底的に受け潰す辛い将棋を指すことで知られている永瀬六段の将棋を見ているかのような……。

 

▲3五飛△8一飛▲9四歩△9七歩

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(第11図:48手目△9七歩まで)

 手筋といわれれば手筋ですが、このように複雑な局面で、高い精度の基本をこなせることこそが『強さ』なのかもしれない、そんな感慨を覚えることがあります。そうですね~、先述の『自然流』中原先生然り、羽生三冠然り、見え辛いような、或いはうっかりすると失念してしまうようなタイミングで、さながら初心者の教科書にすら載っているような手筋と呼ばれる様な手が炸裂するのを見ると、奥の深さにクラクラするような思いがします。

 △9七歩は、手筋、です。

 

▲5八玉△8四飛▲9三歩成△同香

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(第12図:52手目△9三同香まで)

 ▲5八玉は凄まじい手でした。華々しい駒交換の手の方が観ていて目につきやすいものですが、このような手にこそ、棋士の真価が問われる気がします~。

 評価や手の意味を考える前に、私の将棋を学んできた指してきた観てきた経験が、鳥肌立つような手。

 火の手が上がりそうな場所から玉を遠ざけるのは基本の手ですし、『勇気流』では8筋攻めを緩和するために良いタイミングで玉を5筋に避けるのはある手です。実践的には△7六桂と王手で打たれる手も、飛車の成り込みも緩和して、先手の負けにくい形になったな~という印象があります。玉が逃げることで、後手から斬りこみにいく筋も5筋に限定されているんですね~。

 しかしながら、ここで自陣に手を戻すのは築いた優位をふいにする可能性も確かにありました。端攻めを逆用する手筋の△9七歩打から、後手に逆襲する筋もあるんじゃないか。そんなことを考えた人もいたでしょう。評価は将棋指しによって分かれるような手で、そして2017年現在のコンピュータにかけたところでも、ひょっとしたら学習の方法や函数の生成方法によっては評価が分かれるのではないでしょうか~?それだけ難しい、『ここから先は人が覗いてはいけない』ような、そんな高みの手であることは間違いないと思いました。

 続く△8四飛に藤井四段は結構考慮時間を使われましたね。パッと見はぼやけた手に見えるかもしれません。先の▲5八玉がやや手渡し気味だったので、ここで確実な戦果を挙げられなかったというのを咎める向きも、一理あるのでしょう。

 ですが、これもなかなか油断ならぬ手で、△8四飛はまず横利きを復活させ隠居していた飛車に喝を入れる手、というのは良いと思うのですけど、△9四飛と歩を抜いてしまう狙いもある、というのが主張でしょうか。これをされると△9七歩と打った顔が立つ形になるので、実質先手の次の手を▲9三歩成の一手に限定させています。そして、先に駒損をするものの、△同香と取った局面では、9三の香と9七の歩が連結し、後手にワンチャンスが生まれているんですね。苦しくなっても、逆襲の可能性を常に秘めた手を指そうとする、若々しい精気と円熟した勝負術を併せ持つ藤井聡太先生の恐ろしさの片鱗を、私はこの手に垣間見た様にも思います~。

 

▲9七桂△同香成▲同香△8八角成▲同銀△3四金▲7五飛

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(第13図:59手目▲7五飛まで)

 お互い角と桂馬を手持ちにした局面です。ここで私は▲9五飛と回る手を読んでいたのは……一緒にツイッターを通してこの熱戦の昂奮を共有した方々はご存じのことでしょうか~。そうなんです。▲9五飛から△9四歩▲同飛△同飛▲同香と飛車交換を迫って先手が勝てるのでは、と読んでいました。もちろんこの瞬間先んじて後手から△7四飛、と金香両取りに打つ手はありますが、▲7七歩と丁寧に対処した形が意外と堅く、次に▲2二飛と打つ手を見せて先手優勢、と見ていたんです~。

 しかしながら、この▲7五飛を見て、それまで朧気に感じていた違和感が霧消していくのを感じていました。血の気がサッと引いて行く様な、あの感覚。

 佐々木勇気先生は、藤井聡太先生のこれまでの対局をすべて解析し、終盤に綾を付けられる様な展開になると恐ろしいまでの読みと集中力で相手を捲ってしまうことがある、というのを熟知していたのでしょうね~。棋風では攻めッ気が魅力的な佐々木五段のことです、攻め倒しに行きたい局面は私が観ている以上に、何度もあったことでしょう。それを、カウンター型である藤井四段に『反撃の余地を与えない』指し回しに拘って、自制しているのだと悟った時に、私は勝負師・佐々木勇気の意地を覗いた心地がしたんです。

 呆然としながらも中継を見る私は更に気が付きました。どんどんコメントの数字も、来場者の数字も増えていきます。水面下でつぎ込まれた熱量が、目の前の相手を全身全霊で挫こうとする執念が、そしてそれをさせた、相手を認める敬意と将棋への愛情が、こんなにも大勢の耳目を千駄ヶ谷の将棋盤に集めているのだ、と。

 

△8六角▲8五歩△7五角▲8四歩△8七歩▲7九銀△9七角成▲9二飛

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(第14図:67手目▲9二飛まで)

 60手目△8六角から後手が手を作る手段は、私と、それから中村修九段が読んでいたものでした。そして、『▲7九銀と引くでしょう』と、誰が何と言おうと私が断言したのは、▲7五飛の瞬間に佐々木先生が気づかせてくれた『勇気流』の真意に触れた震えが、私に言わせたのかもしれませんね~。金駒を上ずると、桂馬を手持ちにしている後手から手が作りやすくなります。なので、敢えて最下段まで引くことで、その余地すら奪ってしまうのだろうと、そんな確信めいた予感がこのときあったのです。神社に参詣するよりも強い、電流の様な感覚でした。

 

△9八飛▲8三歩成△5四香

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(第15図:70手目△5四香まで)

 △7九馬~△5七香成を狙い澄ました、最後のお願いと呼ぶにはあまりに直情的で、そしてあまりにまだ勝負の予感を孕んだ一着でした。

 将棋としてみれば、明らかな後手の劣勢ですが、ここから手負いの獣宜しく渾身の喰らいつきをされたとき、振り解き切れなければいきなり先手が負けてしまうことも、十分有り得る、そんな危険な手です。なので、残してきた時間を使って全てを読み切ろうとするかのような、強い佐々木五段の眼力を私は遠い世界のことのように観ていました。

 

▲6六角△7九馬▲9八飛成△5七香不成

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(第16図:74手目△5七香不成まで)

 「△7九馬~△5七香成は一直線だ」と、将棋を指した経験のある方は思ったのではないでしょうか。しかしそれは後が続きません。

 ここまで遥かな高みをその目に移して一歩一歩進んできた藤井先生が果たしてそのような手を指すか、と思った私は、昨夜のあのとき、少し震える指先で『△5七香不成』と予想を打ちこんでいた様に思います。

 △5七香不成は▲5九玉と引いて後手の望みを両断する手を許さない追撃の手です。△4八玉を強いた後まだまだ追うという、肉薄の意志表示でした。

 

▲4八玉△5六桂▲3九玉△4八銀▲同金△同桂成▲同玉△5八金▲3九玉△7八馬▲2七銀

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(第17図:85手目▲2七銀まで)

 ここで、▲2七銀とこの歩を払う展開を、あのとき誰が予想できたでしょう。▲6八玉と、いつもより右辺に遠く備えた玉が激戦の末、右辺まで追い込まれるこの息を呑む攻防は、美しいですね。

 

△2六歩▲7二と

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(第18図:87手目▲7二と、まで)

 ▲7二とは、71手目に放った攻防の▲6六角が遠く2二、3三の地点まで利くので詰めろなんですね~。

 

△4九金

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(第19図:88手目△4九金まで)

 この王手で、後手は詰めろに利いている6六の角を消しに行くことを目指します。▲同玉△6七馬が王手角取りですね。

 

▲4九同玉△6七馬▲5八歩△6六馬▲6一と

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(第20図:93手目▲6一と、まで)

 ずっと面白く惹きつけられていた、お気に入りの物語があと数ページで終わってしまう時の様な、寂寞とした感慨に苛まれる様な心地でした。こんな勝負が観られた、それだけで無上に幸せなのですね~。

 

△2七歩成▲9二竜△4一玉▲5二金△3二玉▲4二玉△3三玉▲3二飛

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(第21図:投了図は101手目▲3二飛まで)

 以下は△4四玉▲3四飛成△5五玉▲4五竜△6四玉▲5六桂△同馬▲7五金の詰みがあります。名局というのは両者の力が拮抗していないと生まれ得ないという因果を持っています。本当に、感謝と感動で胸がいっぱいの将棋でした。両対局者、ありがとうございました、そしてお疲れ様でした。

 

 本当に、色んなものが観られましたね。

 将棋界は、ある意味藤井聡太四段という超新星に救われた意味合いもあると思います。指し続けていく時間を最も大切にすべきこの時間に、藤井四段もそうですし、長い現役生活から退かれた加藤九段もそうですが、将棋を指して直向きに生きていく棋士の姿に光が投げ掛けられる様な機会があったことを、一ファンとしてとても幸せなことだと思っています~。ブームというのは一過性のものなのでしょうが、白熱した新スターに関心を掻き立てられた方で、ひとりでも指し将棋それ自体や、他にも戦っている姿が素敵な棋士が沢山いるのだと、ということを知ってまた将棋を見てみようかな、習ってみようかな、昔少しやっていたけどまた再開してみようかな、なんて思って下さる方がひとりでもいて下さったら、幸せだな~って思います。

 

 将棋を通して、たくさんの御縁を……ふふっ。今日は幸せな一日でしたか?明日も一緒に幸せな日にしましょうね。鷹富士茄子でした。